U・特集:SST普及協会第8回学術集会in幕張
1.特別企画 統合失調症の認知治療法
1-(1)幻聴と妄想に対する認知療法
横浜国立大学 石垣 琢麿
●認知療法とは?
アーサー・フリーマンは著書「認知療法入門」で次のように認知療法を定義しています。「認知療法は心理教育的に行われ、当面の問題への対処の方法を教えるものであって、問題を完全に解決しようとするものではない。認知療法は患者の技術を増大させ、生活上の急を要する事態に、より効果的に対処できるようにし、事態を制御できるという感覚と自分が有効に機能しているという感覚の増大を図ることを目標とする(フリーマン,1989)」。
●幻覚・妄想に対する認知療法
幻覚や妄想といった統合失調症の陽性症状に対する認知療法では次の3つの原則が重要とされます。@陽性症状、とくに妄想や幻聴を誤った信念から発生する病理現象ととらえ、その認知を変容させて陽性症状自体を改善すること、A陽性症状によって引き起こされた苦痛や自尊心の低下を改善させることによって陽性症状に間接的に影響を与えること、B心理教育を重視すること。ここでいう「認知」とは「自己や世界や未来に関する個人的意味づけ」をさします。
認知療法の創始者であるアーロン・ベックは妄想の認知療法における一般的な目標を表1のように定めています。
表1.ベックによる認知療法における目標
| 7つの目標 |
| @ 妄想の生物学的−認知的−社会的モデルを患者さんに理解してもらい、受け入れてもらうこと A 妄想がこのモデルによってリフレーミングされること B 患者さんと治療者は、症状を減じコーピング・スキルを改善するために、チームを組んで治療にあたること C 妄想を事実でなく一つの信念として患者さんに認識してもらうこと D 妄想が感情や行動に与える影響を患者さんに認識してもらうこと E 自己、「妄想から自由な場所」、現実検討などに関する患者さんの観察力を強化すること F 感情や行動にまったく影響のない程度、あるいは最小の影響しか与えない程度にまで、妄想は減じられたり無力化されたりしうること |
2001年国際認知行動療法学会におけるワークショップ資料より
●認知療法にとって大切なこと
認知療法にあたって、以下の点をまず考えなければなりません。@.認知療法の適用が妥当かどうか検討すること、A.アセスメントを重視すること、B.治療の場の整備、C.患者さんと良い「パートナーシップ」を結ぶこと、D.症状に関する患者さんのこれまでの対応を丁寧に聴くこと。
患者さんの全体的な機能レベルが低ければ、認知的側面ではなく行動的側面に主にはたらきかけるほうが良い結果を生むと思われます。全体的な機能レベルや症状を調べるためには、患者さんの様々な側面をアセスメントすることが大切です。また、どこでも誰でも認知療法を行って良いというわけではありません。なぜならば、認知療法では患者さんとのパートナーシップをとても大切にするからです。フリーマンの定義では「教える」という表現が出てきますが、これは心理的諸問題を患者さんと治療者が協力し合って共に考えるという意味で捉えられています。両者の安定した関係構築が、まずは必要でしょう。加えて、患者さんは症状に対してこれまでも、また将来も無力な存在ではない、というのが認知療法における基本的考え方です。したがって、これまで患者さんたちがどのように症状に対処してきたか、それが有効でなかったとしたらなぜなのかを丁寧に聴いて共に考える態度が大切になります。
認知療法の技法
1.認知モデルに基づく見立て
次に示す図は、精神症状が発現するメカニズムを認知モデルでごく簡単に表したものです。
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スキーマとはその人のこれまでの体験によって形作られた人生観、世界観、あるいは自己感をさします。その人にとってストレスフルなできごとが起こると、疾患に特徴的な「推論の誤り」がスキーマから自動思考を導き出します。自動思考は、その名のとおり自動的に頭に浮かんでしまう考えで、自分の力ではコントロールが難しいと感じられます。認知モデルでは、幻覚や妄想といった症状もこの自動思考から導かれると考えます。さらに、症状自体がスキーマを強化してしまうという悪循環が形成されると、連鎖がなかなか断ち切れなくなり、日常生活へ大きな影響を及ぼすことになります。
この図から、認知療法では症状よりも、それを生み出し強化してしまう認知的ゆがみを標的にすることが理解していただけると思います。認知のどの部分を標的として扱うか、どのような技法を用いるかをアセスメントに基づいて検討します。
標的にしやすいのは意識に上る自動思考や、特定しやすい推論の誤りです。それにくらべるとスキーマは見つけにくく、しかも頑強ですが、この部分のゆがみを修正することによって、はじめて患者さんの苦痛が大きく改善し、再発・再燃の予防可能性が高まると思われます。幻覚や妄想をもつ患者さんのスキーマは多くの場合、「自分はだめな人間だ」「他の人から差別される人間だ」などというネガティブな思考から成り立っているので、自尊心や自己効力感をいかに高めるかが治療上の焦点となります。
2.間接的直面法
これは、幻覚や妄想を否定も肯定もせず、患者さんの訴える内容が「仮に間違っていたら(正しいとしたら)どのような結果になるだろう」というかたちで問いかけていく方法であり、認知再構成法のひとつです。
幻覚や妄想を肯定すれば症状を強化してしまうかもしれません。しかし、患者さんにとって体験を否定されることは、自尊心が傷ついたり不安が高まったりする原因の一つになっています。また一般的に考えても、長年信じてきたことが、もしいきなり消失したら、その人は寄って立つべき支えを失い絶望的になってしまうでしょう。たとえそれが妄想的信念であっても同じだと考えられます。したがって、時間をかけて患者さんみずからが症状に関する認知的誤りに気づくことが最も良い方法だといえるのです。
この方法は幻覚や妄想自体だけでなく、付随する抑うつ感・不安感や自尊心の低下などの問題に対しても用いられます。バーチウッドBirchwoodら(2000)は幻聴のある患者さんの社会階層・社会的関係に着目して調査を行いました。その結果、幻聴に従わざるをえないという認知は、他の社会的関係における従属感や、社会的な周辺に追いやられているという被害的認知と密接に関係していることがわかりました。また、幻聴によって引き起こされる苦痛は、幻聴自体の特徴ではなく、社会的かつ対人関係的な認知と関連しているという結果も見出されました。つまり、こうした研究結果は、幻覚や妄想による苦痛を減少させるためには、患者さんたちの感情的側面や対人関係・社会的認知も取り扱う必要があることを示しています。
3.コロンボ・テクニック
間接的直面法では、欧米の臨床家が「コロンボ・テクニック」と呼んでいる方法が用いられることもあります。この名前には、テレビの刑事コロンボのように、相手の自尊心を傷つけることなく症状に関する論理的誤りを探り、患者さんに気づいてもらうという意味が込められています。たとえば、「私も考えてみたんですが、よくわかんないところがあるんですよね。あなたは声の命令に従わないと罰が下るとおっしゃるけれど、この5年間あなたが抵抗してきて罰せられていないというのはどうしてなんでしょう?」。
4.非機能的思考記録表
表2に挙げた思考記録の例では、「症状が出現する状況」、「その時の気持ち」、「頭に浮かんでくる非機能的考え」、「考えうる合理的反証」、「反証による結果」の5つのカラムからなっています。
表2.非機能的思考記録表の例
| 状況 | 気持ち | 考え | 反証 | 結果 |
| 外泊したとき | イライラして落ち着かない | デンパ障害のせい。病院は遮蔽されているから大丈夫 | 散歩したときは大丈夫だった。デンパ障害のせいとは限らない | 少し安心した 安心感 40%→60% |
もちろん最初から5カラムで表を作成できる人はいません。まず、非機能的思考あるいは自動思考のみを記録し、次にそのときの状況や気分を明確にしていくというような段階的作業が必要となります。つまり、1カラム→3カラム→5カラム、という具合に徐々に拡大していくわけです。合理的な反証は、治療者と共に患者さんが考えるという作業を繰り返し、最終的には患者さんが自分の力で考え出せるように導きます。このとき、先に述べた間接的直面法が重要となります。また、患者さんに自信をつけてもらうために、正の強化をいかに与えるかが治療者として大切になるでしょう。
●その他の治療法との連携
治療の適用の部分でも触れましたが、統合失調症に対して認知療法は行動的側面へのアプローチと組み合わされてさらに有効性が増すと考えられています。つまり、「認知行動」療法を考えることが重要だといえます。行動の改善を通じて患者さんの自尊心や自己効力感が向上するのはSSTでもよく体験されることでしょう。両者はいわば車の両輪であり、理想的には、治療者が両者に精通して、患者さんの状態に応じた使い分けや組み合わせを考えられると良いと思います。また、その他の技法、たとえば集団療法、イメージ療法、作業療法などともうまく連携をとることが必要です。
しかし、統合失調症は精神療法だけでは治療できません。最近のSDAやMARTAと呼ばれる抗精神病薬は、従来の薬よりも副作用が比較的少なく、過剰な鎮静も生じないといわれています。日本ではまだ経験が不足していますが、欧米ではこれら新しい薬による薬物療法を開始すると同時に認知行動療法のプログラムを開始する場合も多いとのことです。今後は認知行動療法と薬物療法の連携についてさらに知見が集積され、患者さんの苦痛が長期間にわたらず、再燃予防の可能性がさらに高まるようになることを期待しています。
●引用文献
Birchwood, M., Meaden, A., Trower, P., Gilbert, P. & Plaistow, J. 2000 The power and omnipotence of voices: subordination and entrapment by voices and significant others.
Psychological Medicine, 30, 337-344.
アーサー・フリーマン著 遊佐安一郎監訳 1989 認知療法入門.星和書店
●日本語で読める統合失調症の認知療法に関する文献
ウィンディ・ドライデン&ロバート・レントゥル編著 丹野義彦監訳 1996 認知臨床心理学入門−認知行動アプローチの実践的理解のために.東京大学出版会
デイヴィッド・キングドン&ダグラス・ターキングトン著 原田誠一訳 2002 統合失調症の認知行動療法.日本評論社
大野裕・小谷津孝明編 1996 認知療法ハンドブック上・下.星和書店
ポール・サルコフスキス編著 坂野雄二・岩本隆茂監訳 1998 認知行動療法−臨床と研 究の発展.金子書房
丹野義彦編著 2002 認知行動療法の臨床ワークショップ−サルコフスキスとバーチウッ ドの面接技法.金子書房
横田正夫・丹野義彦・石垣琢麿編著 2003 統合失調症の臨床心理学.東京大学出版会