V−2.会長講演「地域ケア時代の精神科医療の理念と技術」
 
SST普及協会会長 西園 昌久
 
1.私どもがおかれている状況
(a) WHO事務局長のメッセージ、WHO Health Reportにみる精神科医療ニーズ
1) 今日、世界では4億人を超える精神障害あるいは神経障害を患った人がいる
2) 1999年の時点で、すべての疾患を患っている人の10%は精神障害と推定される
−次の20年間に15%を超えるだろう
3) 生活障害(disability)の10大原因のうちの5つは精神障害(単極性うつ病、統合失 調症、双極性障害、アルコール症、強迫性障害)
 *WHO Health Report (2001)では20大原因のうち、単極性うつ病、アルコール症、自傷、統合失調症、双極性障害、パニック障害
4) 毎年2,000万人の人が自殺企図、実際に100万人が死亡
5) 家族は経済的負担、ケアで燃えつきてしまう
6) 精神医学の進歩にともない効果的に治療できるようになったが実際は多くの国で治療 を受けている人は多くない
7) 法律上、行政上、保険上不利な立場に置かれる傾向がある。
8) タブー、偏見、差別をなくすためには私どもが精神保健について自由に語ることが必 要である。
 
(b)安西事務局長の「社会復帰病棟」構想についての問いかけへの私の回答
「社会復帰病棟」構想はわが国の精神科病院のあり方に抜本的改革を示唆する可能性を持 っている。ただ単に「72,000人」の退院実現の帳尻あわせで終わらない。
1) これまで、1看護単位あたりの病床数が欧米先進国と比較してあまりに多く(50床 と規定されていても実際は60〜80〜100)、個々の患者のアセスメントとそれに もとづく医療・ケアがなされることが乏しい。自然、社会復帰活動を行ったとしても参 加する意欲と力のある患者の活動となっていた。それは精神科病棟の医療とケアが鎮静 指向のもとになされてきたからである。
2)「精神科リハ」を含めて精神科医療には環境の治療的要因を重視しなければならない。 それはGundersonの「構造」「収納」「支持」「患者の参加」「個別性の尊重」の考 えが参考になる。
3) 新しく考えられている病棟について
a.「病棟」と名づけられているが、そこでの活動は地域の資源を掘り起こす地域展開をも行うものであること。
b.個々の患者の診断アセスメントと当面の治療・ケア・到達目標が明示されること。
c.上記の到達目標に対する抵抗要因は、また医学的、精神医学的、生活技能、家族・社会要因などから評定されること。
db,cを行うには精神科医を中心としたチーム内での会議が必要である。
e.病棟名については「社会復帰」は急性期から理念となっているので「第2案」(注)が具体性を帯びてよいであろう。
4)「プログラム」について
「集団への参加」「集団での役割体験」と、「運動・体育療法の有効性」をお考えいた だきたい。
(c)「鎮静」中心のわが国の精神科医療システムの「負の遺産」
  1)欧米に比べて多い病床数と非常に長い平均在院日数
  2)薬の高用量、多剤併用の習慣化
  3)わが国精神科医の臨床活動の平均的傾向
    精神科医療システムによる生活障害・社会的不利
 
(d) 精神障害への偏見(スティグマ)の理由と除去のための方略
1)“すべて危険”という誤解
2)“遺伝が原因のすべて”という思いこみ
  3)“治らない”という決めつけ
4)これまでの精神科病院の“イメージの暗さ”
5)これまでの精神保健政策上の“不備・差別”(WHO Health Report 2001)
6)誰もがもつ“狂気への不安”からの投影
 
2.統合失調症の疾病モデルと社会復帰のための4つの関門 
*統合失調症者は何を失っているか
1.素質上の脆弱性
2.幼少期の愛情と信頼とコミュニケーション−身体感覚への残照
3.学童期の不器用さによる自負心の欠損
4.思春期の仲間体験の乏しさ、異性からの距離
5.発病のための発達障害/認知障害/現実検討能力の障害
6.発病後の社会的・家族的自己の喪失
 
 これらが重なって日常生活や思考が常同的で「ある型」に固執し、働きかけに、しばしば「尊大」「傲慢」と思わせる反応をする−これは自己破滅の不安、迫害不安に対する防衛の構え
 
 
 
※生物−心理−社会的モデル
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 ※社会復帰のための4つの関門
 
 
 
 













3.地域ケアと心理社会的治療
 
(a) 精神科医療に関わるコミュニティという言葉の多義性
   地域ケアは入院治療と本来対立するものではない
   コミュニティケアの理念は医療側とのパートナーシップ つまり、障害をもつ当事者を生活者として対応すること
   そのためには入院から地域ケアまで患者のプライバシイを守とともに開かれたもの、そのためのチーム医療が必要になる。
   それは地域ケアネットワークの前提
 
 
(b) 当事者の医療への注文
 1)福岡大学病院での患者さんの意見
 2)福岡大学病院での家族の意見
患者;@面接の回数と時間A患者は家族介入B将来の心配 病気は治るか、薬はやめられるか、就職はできるか、疲れやすさは治るか、結婚はできるか
家族;@面接の回数と時間 DC>外来>病棟
   A家族もDCでは介入を望んでいる
   B将来の心配 ―患者と同じ傾向
    しかし、病棟とDCが外来よりつよい
 3)ある共同作業所の通所者の意見
   メンバー;病の受容と社会への不安、スタッフへの期待
   スタッフ;メンバーの生活障害、認知障害、家族の参加への期待
 
(c) 地域ケアの中の心理社会的治療
1)社会復帰のための患者の条件
@本人の養生する心の啓発
  a)自分の病気の性質を知ること
   過労や心労が発病や再発の原因・薬の効用とのみ方/自己管理
   再発する場合も一ヶ月前に前兆
何でも相談できる人(スタッフ、家族、友人)をもつこと
  b)ふつうの人にも望ましい健康生活
   *規則的な生活;植物神経の調和
     決まった時間に就寝、起床/食事・その他の日常生活(入浴、清潔)
     成人病の予防(禁煙、ダイエット、運動)
   *体を動かす;運動神経の刺激と満足、体力をつける
   *目標と計画を持った生活;気力の充実
   *愛情を感じる日常生活;挨拶の励行、目をみての会話
A生きる意味の発見
   安らげる居場所・心おきなく話せる人・過去を見直せる自負心・楽しめる生活・自立する意志
2)APAが進める心理社会的治療
Weissman, S., Sabshin, M., Eist, H. (ed);
Twenty-First Century Psychiatry Foundation, APA. Press, 1999
@ SST
 悲しみ、怒り、幸せのような情緒の表情表現を認知することが困難でこの欠損のために社会生活を困難にする。Liberman(1986)の開発したSSTモジュールは有望である。
A 心理教育
     Anderson and Hogarty(1990)が患者と家族に障害の性質と治療法略の科学的基礎を教えることの有効性を明らかにした。
B 積極的コミュニティ訓練
      Assertive Community Training( Stein and Test ,1980)
障害者の社会適応、QOL、家族の燃えつきを少なくするためのチームによるケースマネージメント
3)居場所の発見 ―居場所と遊び
たとえばデイケアにおける居場所は遊びの発見とともにおきる。それは生活史上の欠損を埋めるものである。SSTにも遊びのよろこびが共有される。
そこに「自閉」から「集団参加」への可能性が芽ばえる。
孤立、自閉空間から密接空間を経て公共空間へ
 
4)SST
 SSTから一般精神科医療が学ぶもの
1.関係性の構造化→病棟の集団活動
2.聴くこと‐相づち、目線の接触、身をのりだす‐対人感受性の賦活
3.患者に自分の問題を言葉で提示してもらう‐対話とロールプレイ
4.治療スタッフがモデルを示す
5.当面の解決すべき目標を明らかにする‐現実的解決目標
 
5)心理教育
 Wing (1978)のすすめ
 a) 患者への心理教育
  −指導によっては患者自身に可能なもの
   @自己理解と自己研修 A他者の困難性についての理解
   B契機となるストレス状況を認め避けること
   Cストレスへの対処法 D社会的引きこもりを特別の限られたものにするE服薬
  −指導によっても部分的にしか患者に可能でないもの
   @他者を助けること A競争の中での活動性の発見
 B適当な仲間・適当な水準での仕事の発見
  −患者に可能でないもの
   @干渉する家族の批判的態度 A医療サービスの利用と質 B治療者の態度
 C職場の期待
b) 家族への心理教育
−指導によっては家族に可能なもの
   @批判的でない受容的環境の創造 A社会との関わりをほどよい程度にすること
   B現実的目標の確保  C家族自身の行動の自覚
 D妄想や奇妙な行動についての知識と対応 E医師や社会資源の活用    
F福祉の活用
  −指導によって部分的に家族に可能なもの
   @患者自身、家族、薬などに対する患者の態度  A家族のよさの受け入れ
  B家族の中での対話
  −家族に不可能なもの
   @サービスの利用と質  A治療者の態度/能力  B近隣・職場の人の態度
 
*心理教育的アプローチの基本的概念
      「患者も家族も実は、障害や病気のことを体験として知っており、すでにさまざまな工夫や対処をしてきていて役に立つ情報を持っている。」
   伊藤順一郎(2000);心理教育的アプローチ;蜂矢ら(編)精神障害リハビリテーション学.金剛出版より
6)積極的地域治療/訓練
目的「生活に困難さをもっている人びとを対象に してセルフケアを向上させること」「地域社会の問題解決能力向上のためのコミュニティづくり」仲介、権利の擁護、調整、社会的ネットワークづくり、モニタリング、評価など
野中猛(1997);図説ケアマネジメント、中央法規出版
 
4. 結 び 
(a) わが国の精神科医療は本当に変わるのか
   地域ケアの時代に移行したとしても精神科病院が不必要になるわけではない
    ―地域ケアの時代における精神科病院
#救急患者
#病気の受容や集団参加の能力の回復のための入院治療
#治療抵抗性病態
#新しい理念での地域への展開
         ・往診・訪問看護・地域、学校などでの相談事業
         ・社会復帰施設、関係者とのネットワークづくり
 
(b) 日精協のひとつの提言(河崎茂会長:日精協雑誌巻頭言)
退院患者のハード・ソフト両面の整備がおくれている。
    症状がある程度よくなり、社会生活の自立の必要に応じて
    支援対策をとる制度を整備すれば脱病院の比率は高まる。
(c) そうした事態に私どもが応えるにはSSTを通じて
     心理社会的治療の普及、有効性の実現
     「開かれた精神科医療の荷い手」