U・SST経験交流ワークショップin上越 特別講演Part1
 
認知療法と統合失調症
 
慶応義塾大学医学部精神神経科 大野 裕
これから認知療法と統合失調症ということでお話をさせていただきますが、はじめに頂いたタイトルを若干変えました。なぜかと言いますと、私はうつ病の認知療法を中心にやっておりまして、統合失調症の認知療法というのは私にとりまして若干なじみがないところがあります。ここ2、3年で認知療法もしくは認知行動療法が統合失調症で取り上げられるようになって来ました。そういうことも含めて、私の経験、考え等をお伝えできればと思っております。
 
 認知療法についてご存知ない方もいらっしゃると思いますので、まずはその説明を致します。認知というのは物の受け取り方のことです。現実に起きたことをどう受け取るか、その受け取り方に現実とのずれが生じるわけです。それをなるべく現実に即したかたちで受け取りながら問題解決につなげていくというのが認知療法の基本的な考えです。
例えば、うつ病だと悲観的な考えになってあきらめてしまう。そこをどう現実的に問題解決に結び付けていくかというのが大事になってきます。現実とのずれ、という意味でいうと統合失調症の幻覚とか妄想にしてもやはり現実からのずれなのです。これをどう現実と結び付けて、問題解決につなげていくかということで、ここでSSTとの接点が出てくるのだろうと思います。
 以前は、統合失調症の幻覚とか妄想は、正常な私たちの体験とは質が違うという議論がありました。しかし、最近の認知療法、認知行動療法の立場では、それは連続線上にあるのではないかということが言われています。過去の症状の捉え方が変わってきているのです。
 
 それでは具体的に悲観的な認知のずれとはどういうものであるのかをお話していきます。今日ここではこのように、パワーポイントを使って話をしていますが、実は準備のことで事務局の方と電話でお話をしているときに、自分のパソコンを持って行って会場でつなげて話をするということを伝えると、事務局の方は、本当につながりますかと心配をされました。もし、パソコンがつながらないような事があったら、せっかくいらした方々に迷惑がかかってしまう、そう考えると事務局の方は不安になったのだと思います。つまり現実がはっきりと見えないところで悪いことを考えてしまうと不安になる、良くないことが起こるかもしれないと考えると不安になるのです。
 それに対して私は、今まで成功したし、失敗したことはないから大丈夫ですよと返事をしたところ、事務局の方は安心をされました。危険性が減ったこと、またそれに対処できることがわかったからです。これが、不安の認知とその解消法ということになります。
ところが、一昨日のことです。私のパソコンというのは小さいためにアダプターでつなげるようになっているのですが、朝出かけようとしたときにアダプターがないことに気づいたのです。「しまった」と思いました。そのアダプターがないとパソコンはつながりません。私としては事務局の方に大丈夫ですよと大見得を切っているのですから、行ってしかられるのではないかと不安になるわけです。そして今度は自分を責めるのです。あんな大見得を切らなければよかったなとか、恥ずかしいとか行かない方がいいんじゃないかとか。そして家の中でバタバタしていると、それを見て妻が「どうしたの」とまた不安になります。
これが、うつの時には“ああ、やっぱりだめだ。こんなことをしてしまった。”という風に自分を責めることになります。“もう行っても無駄だ、みんなに迷惑を掛けてしまう。自分は駄目だ。”と閉じこもってしまうことになります。それでは問題解決につながっていきません。
それに対して、私は今回私なりにいくつかの解決策を考えました。これはSSTの基本の一つだと思います。例えば、昼に東京のコンピューター店に行ってアダプターを買うというのがあります。しかしこの解決策も、特殊なものだから売ってないかもしれないということもあり得るわけで、これだけでは不安です。ところが、ここで私は他にもコンピューターを持っていることを思い出したのです。じゃあ、2台持っていけばいいし、メモリー装置も持っていけばいい、どちらか使えるだろうと思ったのです。そう考えると少し安心しました。結局2台持ってきました、最終的には会場にあるコンピューターにデータを移動して使うという方法を使って、このように無事にお話ができることになりました。
認知療法では、このように解決までいけるかどうかも大切だと考えます。“やっぱり自分はだめなんだ、いつもいい加減で、もっときちんとしてないといけないのに”と思って自分を責めてしまう、これがうつ病の認知だと考えられます。それに対して、今のように解決方法を考えていく、そのための前段階としての認知の修正をしていくことが認知療法のひとつのポイントになると言えます。これをどのように治療的に使っていくのかということをこれから説明していきたいと思います。
 
Aaron T. Beck:精神分析から認知療法への道
ベックという人が認知療法を始めました。もともと精神分析をやっていた人なのですが、彼は第2次世界大戦が終わるころに大学を卒業しました。本来は内科医になりたかったのですが、そのポストがなくて、精神科医になりました。当時は精神分析が非常に盛んな時期で、彼はうつ病に興味を持っていて、精神分析的な立場からうつ病の研究を始めました。基本的に精神分析の考えでは、対象喪失は自分の大切な人と別れて、その後、自分を見捨てた人に対する腹立たしさが自分に向いてしまうという仮説があるのですが、ベックはそれを証明しようとしました。そして夢を調べたのです。夢の中に怒りが出てくるのではないかと思ったのです。ところがうつ病の人の夢というのは悲観的な夢が多いのです。彼は、もしかするとうつ病には怒りではなくて悲観的な思考というものが関係しているのではないかと思って、さらに、自分や他の人の面接の内容を調べてみました。するとやはり悲観的な思考があるというのがわかって、ならばそれを基に治療をしようと考えて、認知療法というのを考え出したのです。
なぜこの話を今紹介したかというと、これが認知療法のプロセスそのものだと思うからなのです。例えば、うつ病の患者さんにはご自分なりの仮説をもって現実を見ています。自分はだめなんだ、周りの人は自分のことなんか何とも思ってくれていない、と考えています。統合失調症の方も、例えば、誰から笑われているとか誰かから攻撃をされているという思い込みを持っています。それに対して本当にそうなのだろうかという研究を一緒にしていくのが認知療法です。研究のデータが自分の仮説と違ったときに、人は、これは研究のデザインが悪かったのかもしれない、だからもっと仮説に沿ったデータを探さないといけないと考えるかもしれません。しかし、ここでベックはこの新しいデータには何か意味があるかもしれないと考え、それを確かめるための行動をとりました。これが認知療法的、治療的だと思うのです。つまり最初の自分の思い込みに対して、別のものが見えたときにそれもためしてみる、これが、ベックが認知療法的だと私が思うところなのです。ある種の思い込みがあって、それをどう変えていくか、変えていくときに頭の中で変えるのではなく、現実の中に足を踏み入れながら変えていく、ここに認知療法のひとつの特徴があるのです。
 
思い込みを変えていくというとき、足を踏み入れていくときに、実際に行動をすることが必要なのです。認知療法と同時に認知行動療法という言葉をお聞きになると思いますが、それは認知療法でも行動療法的なアプローチが必要になってくるからです。精神分析から出てきた認知療法という考え方が、技法的には行動療法と一緒に推敲されていくことになり、そこで認知行動療法といわれるようになったのです。
 
否定的認知の3徴 Negative cognitive Third
うつ病では次の3つ領域で悲観的になると言われています。これは統合失調症のうつの状態でも同じですが、自分自身に対して悲観的になる(自分はだめな人間だと考える)。まわりに対しても悲観的なる(自分のようなことをしていたら周りの人は決してよくは思わない、嫌われるかもしれない、馬鹿にされるかもしれない)。そして、将来に対しても悲観的になります(自分には力もないし、周りから見捨てられてもうだめだ)。こうして、ますます落ち込むことになります。これは現実にどうかということではなく、自分の中でそのように考えてしまっているところが問題になります。もうひとつ大事な点としては、これはベックが言っていることなのですが、将来に対して悲観的になると自殺をする危険性が高くなるから注意が必要だということが挙げられます。自殺の予防ということで言うと、うつ病に限らず統合失調症でも「もう自分なんか生きていてもしょうがないんだ、みんなに迷惑をかけるだけだ」というように、将来に対する展望が見えなくなって悲観的な考えが出てきたら、それまで以上に注意してサポートしていかなくてはなりません。
 
感情と思考の相互作用
以上をまとめると、感情は思考ないし認知と関係をしていて、うつは喪失体験と関係していると言うことができます。人と別れるということはもちろんですし、自分ができると思っていたことができないというのも自分の能力を失くしたことになります。また、体がうまく動かないというようなことも体の機能を喪失したということになります。
それに対して、果たして本当に失ってしまったのだろうか、もしそうだとしたらもう一度獲得することは可能だろうかと考えることがとても大事になります。SSTでは、問題解決をして社会に入っていくときに、失くしたものをもう一度獲得することが、心理的な意味では自己評価もしくは自尊心の高まりにつながっているのだろうと思います。もちろん逆にそれが行き過ぎると“躁の状態”になってしまうので、そのバランスが大事です。
不安というのは、外部の危険の過大評価とそれに対する自分の能力の過小評価からくるものです。またその時に外からのサポートがどれくらいあるかも影響します。例えば回りから何か攻撃され、非常に危険だと感じます。その攻撃に対して自分の力がなく、周りからも助けてもらえず、孤立しているとその不安はますます高くなるわけです。ですから、うつ病でも統合失調症でも同じですが、本当にそれは危険なのだろうか、自分で対処できないのだろうか、こうしたらどうなるだろうか、周りからこのようなサポートを手に入れられないだろうか、などを臨床の現場で感じることができたならば、その患者さんの不安は軽くなっていきます。これもSSTでの行動と関係してくるところです。
怒りは、自分が不当な仕打ちを受けたという感覚から生じてきます。たとえば患者さんが周りの人に当たったり、いらいらしたりしているとしたら、その人は不当だという感覚を持っているからなのです。それは妄想に関連した怒りでも同じです。そんなときに何が不当なのかをもう一度考えてみること、現実を見て、ここは不当だがここは不当ではないなどを論理的に話すことができるようになれば、その怒りやいらいらは解決する可能性がでてきます。
 
認知の2つのレベル
 では臨床的にいって認知はどのようにすればいいかを一言で表現すると、その人が考えている考え、そのときに頭に浮かんでいる考えをテーマにしていくことと言えます。ベックは、“言葉に詰まったら、その時何を考えたかを聞けばいい、それでうまくいったら認知療法がうまくいったということである。うまくいかなかったら、それは認知療法ではなかったのだと思えばいい”とちょっと強引なことを言っていました。
 
例えば、先ほどの私の話で、アダプターが見つからないとき、私は“ああ、私はいつもこんな失敗をしている”と頭の中に浮かんで自分を責めています。そういう時に自分なりに振り返って自分を責めているということに気づけば、これでは問題の解決にはつながらないということがわかります。では問題解決につなげるためにはどうしたらいいかということになりますが、そのためには別の考え方を探すようにします。
 その裏にはスキーマが潜んでいますが、それはその人なりの性格というか、物事の受け取り方というものです。自分の心の奥底に、例えば完璧主義の人であれば、何でもきちんとしなければいけないとか、少しでもミスをすると回りから責められると思っている。このようなその人なりの性格や思いこみが、瞬間的に浮かんでくる考え(自動思考)やイメージに影響を与えます。その浮かんでくるイメージを捕らえることで、ものの受け取り方をもう一度検討することができるようになります。そのときには次のようなステップを踏みます。
 
歪んだ認知を修正する−心に問いかける
 そのように考える証拠はあるのか、例えば先ほどの話で、アダプターがなくてはうまく発表できないかもしれないと思ったとき、その証拠はあるのだろうかということです。次に結果について考える。もし見つからなかったとして、どうなるのだろう。ほかに方法はないのだろうかと考えてみる。コンピューターを使わないでやってもいいではないかなど、いろいろな解決方法を考えてみるのです。そういうものを基に、もう少し現実的合理的な考え方をしていく。このようなプロセスを踏んでいくのです。(これについては後ほどもう少し具体的に見ていきます)
 
特徴的な認知の歪み(1)
 うつ病でも統合失調症でも同じですが、特徴的な認知のゆがみ、現実とのずれがあります。根拠がないのに決め付けてしまう場合です。それは妄想に近いものです。例えば初めて手がけた仕事がうまくいかなかったときに、すべてうまくいかないと決め付けてしまう場合です。こんなことは日常的によくあることですが、しかし本当にうまくいかないのかどうか、やってみなければわからないわけです。ところが私たちはうまくいかないと考えてしまうことがよくあります。これが行き過ぎると妄想的な考えになってしまいます。
 
特徴的な認知の歪み(2)
 実を言うと私にとって二日前はよくないことばかりが起こる日でした。例のアダプターが見つからなくて探し回ったのですが、結局見つけるけることができずに仕事に遅れるので、急いで駅に行ったのです。すると駅で人がごった返ししている。どうしたんだろうと思ったのですが、とにかく構内に入ってみた。そしたら、踏切事故があって電車が止まっているのです。ここで「また失敗をしてしまった」と自分を責めます。駅の構内に入ってしまったら出るに出られないからです。「いつもこうやってそそっかしいんだ」と思うわけです。ところが、この考えがもう少し進んでしまうと、アダプターがなくなった、乗ろうとした電車が止まった、これは誰か悪意がある人の仕業かもしれないと・・・・。といったことが起こり得るのです。こういう風にちょっと行き過ぎてしまうと妄想と呼ばれるものに近くなってしまう。このようなところをテーマにしていくと、妄想に対する認知行動療法のアプローチにつながっていきます。
 この他にも、白か黒かを決め付けてしまう。うまくいくかいかないか、敵か見方かなどです。
うまくいかないことばかりに目を向けたり、人が自分に敵意を持っていると思ったりする。一つのことを大きく見てしまったり、こうすべきであったのにとかこうすべきではなかったなどと思い込んだりするのです。そして、自分はだめだというように極端な一般化をしてしまいます。
 
特徴的な認知の歪み(3)
 このように見ていくとよくわかるように、これらは決して特別なことでなくて、私たちの日常生活の中でよく起こり得ることです。しかし、私たちは一般に一時的にこのような状態に少しなったとしても自分で現実に引き返すことができます。私たちは日常生活においては、ネガティブな方向に向かっているときに自分なりにブレーキをかけているのです。ブレーキをかけきれなくてマイナスのほうに進んでしまうと“うつ”ということになるし、また自分に対して被害的な気持ちを持つようになると、“統合失調症”の症状を体験する可能性が高くなってくるのです。
 そのような時にどうブレーキをかけるのか、もしくは足を踏み込んだとしても、もう少し現実の方向へ体重を残せるのかどうかが治療的には重要になってきます。これは個人差がありますし、症状によっても違いが出てくると思います。治療では、辛抱強くこの辺のことを考えていく必要があると言えます。
 
認知療法のプロセス
「こころが晴れるノート:うつと不安の認知療法自習帳」(創元社)
次に認知療法のプロセスについて説明します。この本はうつや不安などのストレス状態のときの対処法を書いたものですが、統合失調症に関連する部分が多くあります。
 まずは自分がストレスの状態にあることに気づく必要があります。病感とか病識と言われるものです。統合失調症の方でもある程度の病感、病識はあると言われていますが、ストレスマネジメントは何か変だという感覚を意識してもらうプロセスから始まります。そこで、自分が抱えている問題はなんだろうということをもう少しはっきりさせるわけです。つまりストレスの原因となっているものは何かということです。
 
 私がアメリカで最初に認知療法をやった事例は黒人の女性で、うつ病の方でした。彼女には3つの大きな問題がありました。一つは、彼女は仕事をしていましたが、女性であり黒人であることから、職場の白人の上司が自分のことをよく思っていないのではないかという思いがありました。白人の上司とぶつかって職場での人間関係がうまくいってなかったのです。二つ目は、夫が教育関係の仕事をしていたのですが、ドラッグをやっていてやめさせたいのだけれどもなかなかやめてくれないという問題です。三つ目は、父親が病気を抱えていて、人間関係のトラブルを起こしており、その調整をしなければならないというものでした。
 認知療法では、一度に扱う問題はできるだけ一つに絞ります。多くの問題を同時に扱おうとすると、かえって混乱してしまうからです。そして、扱う問題というのは、自分が解決しやすい問題から取り掛かることにします。この場合、お父さんの人間関係や、夫のドラッグの問題は自分で何とかしようとしても相手がそう思わなければどうすることもできません。そうすると、まず自分がアプローチできるものは、一つ目の問題、つまり上司との人間関係ということになります。ですから、これをまず解決目標にすることになります。
 その後で、具体的に上司について、偏った考えをしていないかどうかや、上司の自分に対する行動をネガティブに捉え過ぎていないか等を実際の職場で試していくようにします。その際に、自分の頭に浮かんでくる考え(自動思考)をみていって、バランスのいい考え方をするように促していきます。これだけで、気持ちが楽になるということもあるのですが、それだけではなくて、自分が抱えている問題を解決していくという行動につなげていくのです。またそれと同時に、周りの人間関係を自分の問題解決にうまく使ったり、人間関係のストレスをうまく解決していくようにしたりすることも必要になってきます。私たちは人との関係の中で生活をしているわけですから、周りの人にどう自分の気持ちを伝えてうまくサポートを受けるかとか、逆に葛藤的な状況、問題になっている状況を周りとどう調整していくかということが大切になるのです。そうこうしているうちに、その人なりの考え方の癖というのが出てきます。どうも完璧主義過ぎるとか、悲観的過ぎるとか、悪く考えすぎるとかが出てくるので、次にはそれをテーマとして取り上げていく、このようなプロセスをとります。
 
治療関係の重要性(非特異的因子)
 うつ病でも不安障害でも統合失調症でも基本的な面接の流れは同じです。ここで大事なのは、非特異的因子です。一方の特異的因子というのは認知療法だったら認知、行動療法だったら行動、精神分析だったら無意識、というようにここの治療法に特徴的な要因です。こうした特異的因子以上に、患者と治療者との関係が治療予後を決めると精神療法の効果の研究では言われています。その意味では、治療効果を上げるためには患者さんとの関係を作ることが必要で、そのために技法を使えることが重要であると言われているのです。そのときには、患者さんへの思いや気持ちと同時に態度も重要な要素になってきます。例えば、時にはため口も必要だろうし、尊敬する態度も必要になるかもしれません。時と場合のよって、また状況にあわせて態度を考えていくことが必要なのです。
ダニエル・スターンは、母子関係に関してaffect attunementが大事だと言っています。赤ん坊とお母さんは、言葉のやり取りをしているわけではありせん。むしろ、音とか、声とか、情緒的なものでやり取りをしているのです。お互いにチューナーを合わせるように、波長を合わせるように、その関係をとっています。治療関係でも同じことが言えると思います。言葉と同時に非言語的なコミュニケーションが大事になってきます。SSTで言葉に出してコミュニケーションをとることと同時に言葉にならない部分でコミュニケートとすることもとても重要な要素なのです。
 
 次に問題を解決していくプロセスでは、患者さんが自分で問題を解決していくというように患者さんの主体性を重んじることが大切です。これをソクラテス的態度と呼んでいますが、ソクラテスは人に物を教えるときにそのような教え方をしたそうなのです。治療者が一方的に教えるのではなく、質問をしたり、問い掛けをしたりして、患者さんが自分で解決をしていくことが大切だと言われています。そのためには治療者が患者さんに対する好奇心、人間的な関心を持つことが大事です。またどのように外界を認知して行動するかを、患者さん自身が考えていけるようにサポートしていくことが大事になります。
 
症例(うつ病性障害)
―対応1―
 次にうつ病性障害の患者さんとのやりとりのシミュレーションを通して、ソクラテス的な態度というものを考えていってみましょう。この方は結婚をしていて子供もいます。何事もうまくいかないという主訴を持っている方です。
患者:何をやってもうまくいきません。だめな人間だと思います。
治療者:かなり参っていらっしゃいますね。本当にそうなんでしょうか。
患者:ええ、私は、どうしようもない人間です。何もできないんです。
治療者:ずいぶん辛そうですね。
患者:ええ、何もできないんです。
治療者:今週は、子どもさんと一緒に何かされなかったんですか。
患者:ええ、サッカーに連れて行って、練習を見ていました。
治療者:それは何かをしたということにならないんですか。
患者:そうかもしれません・・・・でも、いつものことですし、たいしたことじゃないんです。
治療者:奥さんは何かおっしゃっていますか。
患者:いえ、別に。
治療者:奥さんのために何かされたことはありませんか。
患者:実は、今週妻が風邪をひいたんです。そう重くはなかったんですが、その日は仕事を早く切り上げて帰りました。
治療者:それは奥さんにはうれしかったんじゃないですか。
患者:ええ、いつも仕事ばかりしていて家庭のことを考えないと言っていますから。
治療者:子どもさんのサッカーにしても、早く帰って家事をされてことにしても、私には意味のあることをされたように思えますが。
患者:ええ、そう言われればそうですね。
治療者:そうすると、全く何もできなかったというわけではなくなりますね。
患者:ええ、そうですね。
治療者:そう考えると、気持ちはどうですか。
患者:そうですね、少し楽になりました。
 
これが、ネガティブなものに対して、ポジティブなものを提供する一つのやり方です。しかし、これだけだと患者さんは帰りに、「う〜ん、そう言われたけど、なんかだまされたように感じるな」と思うかもしれません。というのは、この場合は治療者のほうが主体的に、〜はどうですか、〜はどうですか、というふうに話を進めていて、治療者のほうがストーリーを作っているからです。
 
―対応2―
次に患者さんの主体性をもう少し引き出すようなやり取りを見てください。
患者:何をやってもうまくいきません。だめな人間だと思います。
治療者:かなり参っていらっしゃいますね。本当にそうなんでしょうか?
患者:ええ、私は、どうしようもない人間です。何もできないんです。
治療者:ずいぶん辛そうですね。
患者:ええ、何もできないんです。
治療者:何かそう思うようなことがあったんですか。それとも、いままでもずっとそうだったんですか?
患者:前からそう思ってはいたんですが、ますますそう思うようになりました。
治療者:何かそう考えるようになったきっかけがあったんですか?

(ここでの問いかけは、患者に教えてもらうというような感じです)

患者:ええ。
治療者:どのようなことがあったんですか?
患者:ええ、親の家に家族がみんな集まったんです。その時に、弟の子どもたちを見ていたらとても元気そうで、うらやましくなったんです。
治療者:その時に、頭の中にどのようなことが浮かんでいましたか?

(自動思考を聞く)


患者:子ども達だけでなく、弟のことが目に入ったんです。親子で楽しそうにしている。弟も一緒に体を動かしている。それなのに、私はうつで体が動かないんです。父親として失格だと思いました。
治療者:失格ですか・・・
患者:だって、私は弟のように動けないんです。そんな父親を持った子どもは不幸だと思ったんです。
治療者:子どもさん達がそうおっしゃったんですか?
患者:いえ、言っていません。でも、弟の子ども達が幸せそうなのは見ればわかります。
治療者:あなたは、あなたのお子さんに幸せになってほしいと考えていらっしゃるんですね。
患者:ええ、もちろんです。
治療者:何が違うんでしょう。うつになっているときと、いないときとで。

(これも教えてもらいます)

患者:もっと話しかけるでしょう。一緒にいて笑うことも多いでしょう。子どもが何かしようとしている時に上手に励ましたりもできると思います。
治療者:そうしたことは、落ち込んでいるときにはできませんか?
患者:そうですね・・・・ある程度はできるかもしれませんが。

(ここの“ある程度”というように白黒ではなく、グレーゾーンが出てきたところに注目してください。教えてもらうと同時にグレーソーンに注目をします)

治療者:そうしたことを試してみると、あなたも少し気持ちが楽にならないでしょうか。同じことの繰り返しじゃなくなるし。
患者:そうですね。そうかもしれません。でも、十分にできるかどうか自信がありません。まだ落ち込んでいますし。
治療者:少し、完全主義的になっていらっしゃらないでしょうか。少しでもできればいいでしょうし、できなければ、何が問題で、どうすればいいのかということを次回に話し合えます。試してみることでいろいろなことが見えてくるんじゃないでしょうか。

(ここでは、きちんとできることが大事なのではなく、まずはやってみることが大事であるということ、できるかどうかまずは情報収集をすることが大事であることなどを伝えます。)

患者:そうですね。ちょっと試してみてもいいかなと思います。
治療者:ちょっと工夫してみてください。

このように、先ほどの例(対応1)とは違って主体が患者さんの方にあることがわかります。これが認知療法の一つのやり方です。


次号へつづく