V・第7回SST学術集会札幌大会 特別講演Part2
精神分裂病から統合失調症へ
病名変更の意味と精神障害者リハビリテーション
札幌医科大学医学部神経精神医学講座 齋藤 利和
1.病名の変更をめぐって
精神分裂病という病名をめぐっては従来種々の批判があった。その主なものを列記すると、病気の特徴を伝えていない、よく解らない恐ろしいものという想像を惹起させる(青木省三:こころの科学、2002)。精神分裂病という日本語は原語よりどぎつい、状態を示しているのに一つの病気を思わせる“病”を使うのはおかしい。病名の語感の悪さが、患者や家族を病気以上に苦しめている(全家連:こころの科学、2002)などである。また、池田は(こころの科学、2002)「精神分裂病」という病名には「精神が分裂し、めちゃくちゃとなる、気狂い」、「不治の病であり、廃人となる」といった、「不吉な精神の死」のイメージが伴われている。「不吉な精神の死」のイメージは当事者が恐怖や絶望のなかで抱いているばかりか専門職の間でも強固に維持されている。その上、重症例のみが意識されていると指摘している。こうした意見に反論がない訳ではない。江口重幸は心の科学誌上で差別や偏見を含む精神分裂病にまつわる歴史や現実は決して名称が産みだしたものではないとの認識から、「Dementia
praecoxであれSchizophrenieであれ、かつては不治の病の「宣告」であり、告知されると患者は生涯を精神病院で送らざるを得なかった長く続いた歴史的事実に基づいている。つまり、病名が作り出した『物語的真理』ではない、『歴史的真理』なのである」と指摘している。
ともあれ、こうした精神分裂病という病名についての批判を受けて、日本精神神経学会は「精神分裂病」の呼称を「統合失調症」に変更することを決めた。「精神分裂病という呼称は精神それ自体の分裂と解されることが多く医学の一病名の枠を超えて患者の人格の否定につながる」との認識で一致し改正に踏み切ったのである。新しい病名の選定にあたっては原因、中心症状・所見の他、病名が患者・家族に受け入れられ易く、その病名によって苦痛や不利益を患者・家族にもたらさないことなどが考慮に入れらたという。統合失調症への病名変更についても批判がない訳ではない。江口重幸は「冠名の診断名でも、症状診断名でも、責任病巣診断名でもない、本態もなにも説明しない名称である」と指摘している。臺 弘も同様の観点から「『統合失調症』は大きな学問の流れに沿ってはいるが『統合』とは『失調』とは何を意味するのか、われわれは具体的にはよく知らない」と述べている(こころの科学, 2002)。
一方、精神分裂病から統合失調症への病名変更の意味を認めていこうとする立場から中井久夫は「『失調』は『精神のバランスが崩れる』と言う意味で『回復の可能性』を中に含んでいることばであり、『希望』を与える言葉である」。「患者・家族の身になってみると、『精神分裂病』が絶望を与えるのに対して『統合失調症』は回復可能性を示唆し、希望を与えるだけでなく、『目標』を示すものと言うことが出来る」と述べている(精神看護2002年3月)。
2.「統合失調症」への病名変更の意味
「統合失調症」への病名変更の意味を少し私なりに考えてみる。
江口が言うように「差別や偏見を含む精神分裂病にまつわる歴史や現実は決して名称が産みだしたものではなく、かつては不治の病の故に患者は生涯を精神病院で送らざるを得なかった歴史的事実に基づいている」ことは重い事実である。しかし、不治の病であったということは必ずしもこれからも不治であることを意味しない。従って、中井の言うように統合失調症という名称は「回復可能性を示唆し、『目標』を示すものと言うことが出来る」と言う立場に私としては立ちたい。彼も言っているように「少なくとも治療者が悲観していないことが大切」なのだ。つまり、「統合失調症」に病名が変わったのを機に治療・回復や病因の追及を新たに開始することが求められているのではないか。
3.「統合失調症」の治療・回復の問題点と今後
統合失調症の治療・回復を考えるときまず考えなければならないことはなにをどう治すのかということであろう。
統合失調症では認知、行動など広範な障害が生じることが知られている。統合失調症に見られる際だって異常な症状は幻覚、妄想などであり、陽性症状と呼ばれる。これに対し自閉、感情鈍磨、自発性欠如、思考内容貧困化などの比較的目立たない症状は陰性症状といわれる。陽性症状は急性期に顕著に見られるのに対して陰性症状は慢性期になってから前景に出てくる症状である。これまでの精神医療は陽性症状への対処に力点が置かれ過ぎ症状を消失させることが医療の役目であるという誤解があったように思われる。また、クスリも陽性症状への対処が主な目的だった。無論、陰性症状の存在が社会生活を著しく困難にしていることについてこれまでも認識はされていた。ただ、陰性症状に対する有効な手段が乏しかったことが陽性症状への対処に力点が置かれ過ぎたひとつの要因とも考えられる。最近こうした従来の治療を乗り越えるべく精神療法的な、薬物療法的な試みが実践されている。専門家の間でも治療の重点が「幻覚・妄想をなくす」ことから、精神機能のバランスが崩れの回復すなわち生活の回復へと変わりつつある。こうした流れに伴って、医療機関で行われてきた狭義の精神療法から地域に根ざした治療共同体への発展がみられる。すなわち、自助グループの活動、家族会などの関係者団体、医療機関だけでなく保健行政や福祉行政も取り込んだ専門家間のネットワーク、社会資源の設立と利用など多様な視点を持ったより広い場が創造されつつある。SSTを初めとする技術的な進歩もこうした流れを加速している。また、数年前から従来のような「幻覚・妄想をなくする」抗精神病薬とは一味違ったいわゆる非定型抗精神病薬が使用できるようになった。こうした薬剤は認知行動障害の改善が期待出来、精神障害者リハビリテーションとの組み合わせにより、従来よりもより良い回復が期待されている。まさにこの時期だからこそ統合失調症への病名変更の意味が増してくるのではないかと思われる。つまり、「失調(精神機能のバランスが崩れる)状態とは視点を変えてみれば、考え(知)、感情(情)、意志(意)などの精神機能の全てが障害されているのではなく、その一部が障害されているということであり、そうであればこそ、バランスの崩れも起こりうるのである。したがって、統合失調症への呼称変更は心の健康な部分に働きかける精神・心理療法、作業療法のこの障害に対する治療的意味が見直される好機であるとも言えよう。
4.アルコール医療からみた精神医療
30年前私は医学校を出たばかりの新米精神科医だった。学生のころ臨床講義でアルコール依存症の回復者が自助グループである断酒会の活動について熱心に語る様子が印象的であった。しかし私の職場のあるO市には断酒会はなかった。就職したI病院ではその頃どこの病院でもそうであったようにアルコール依存症の治療は大量の抗精神病薬と週1〜2回の回診によって支えられていた。開放病棟では夜な夜な秘密の酒盛りが開かれ、しかし表面上はなにもなかったかのように静かだった。アルコール依存症の患者さんを外泊、外出させることは彼らに飲酒を許可するようなものだった。酔って大立ち回りを演ずる者も少なくはなかった。だから、アルコール依存症の患者さんは入院したが最後、外泊、外出が許可されることもなくズーっと閉じ込められている状態だった。入院期間も1年以上に及ぶことは当たり前だった。当時過激ともいえる精神医療の改革が叫ばれていたが、アルコール依存症の治療・回復については具体的にはなにも提起されなかった。院長にアルコール依存症の治療に情熱を持っている旨を言ったとき「アル中」は治らないのだから他のことを考えた方が良いといわれた。当然にも私はこのころのアルコール依存症の治療に強い疑問を感じていた。病棟で集団精神療法を開始し、断酒の動機付けがある程度できた者については外出、外泊も認め、数ヶ月以内に退院させることを目指した。半年後には断酒会の設立も視野に入れた。これが騒動の始まりだった。まず、家族が悲鳴をあげた。何年もあの恐ろしい夫・父親なしで、まがりなりにも平穏に暮らしてきた家族にとって外出した患者さんが家庭に現れること自体が恐怖の体験だった。特に酔った夫や父親から受けた暴力の恐怖は1年や2年で消えるものではない。たまに酔って帰宅する者が出ると外出を許可した医師や病院が非難の対象となる。今では考えられないことだが「付近住民の治安維持の為、貴院入院中の○○を外出、外泊させないように」という地元の警察署長からの公文書も頂戴した。私は治っていないのに患者さんを退院させる医者という評判がたち、関連行政機関からの患者さんの紹介がぴったりと止まった。初めは看護師達も非協力的であった。新たなアルコール依存症の患者さんを入院させようとすると必ずなんらかの抵抗を受けた。断酒会をやろうにもどこも会場を貸してくれなかった。「酔っ払いが集まって物でも壊されたら大変だ」と露骨に言われたりもした。駅前のパチンコ屋の2階にある喫茶店に月2回集まる。これが断酒会の出発だった。1年たつと断酒会のために労働会館が場所を貸してくれた。そして2年たつと病院や福祉・保健の行政職員と共に地域のアルコール依存の勉強会が出来るまでになった。こうした体験を通じて、病院や地域の保健・福祉行政に携わる人々と共にアルコール依存症者という精神障害がおかれている現実と生活していく困難性を実際のケースを介して理解を深めた。その上で、アルコール依存症とは何か、回復とは何かという問題について、共通の認識を作ってきたような気がする。現在、統合失調症者のためのリハビリテーションについては種々の試みがなされている。しかし、それは病院の外来治療の一環として行われていたり、多様な社会資源も他の社会資源や病院、行政機関と有機的な連携・連帯を形成しながら活動している例は多くはない。換言すれば、1つのケースをその地域にある病院の医師、看護師、ソーシャルワーカー、作業療法士などのスタッフと保健・福祉行政機関の職員、社会資源のスタッフなどが一緒に検討していけるネットワークが存在する地域はいまだ少ない。諸機関の連携はそれなりに出来ていてもそれが人と人との関係としてのネットワークに発展しているところも少ない。またこうした仕組みを作っていくための運動論についてはほとんど問題にされていない。前述したようにアルコール依存症者の回復のためには有機的な地域ネットワークやその形成のための運動論を考えることは必須だった。そうしなければ我々専門家を「絶対的な健常者」とする神話を打ち破れず、我々の中にある様々な誤謬に気付きもしなかったであろう。現在、統合失調症の治療が病院内で完結するわけではないという意識をもった専門家が多くなってきたことは喜ばしい。しかし、社会の偏見や自己の中にある偏見・誤謬を克服しながら新しい回復を志向するシステムや運動論が病名変更の成った今、求められているのではないか。
5.新しい抗精神病薬の登場
従来の抗精神病薬は脳のドーパミン神経系を阻害することが主な作用だった。最近、ドーパミン神経系とセロトニン神経系に同時に作用するクスリや同時に多数の異なる神経系の作用するクスリがやっとわが国でも使えるようになった。新しい抗精神病薬の特徴としては一次性および二次性陰性症状に対する効果、認知の改善、生活の質の向上、再発予防効果、服薬遵守の改善、治療抵抗例への効果、低い持続性の鎮静作用出現率、低い錐体外路症状出現率、低い抗コリン作用出現率の新しい効果の反面、体重増加・耐糖能異常、めざめ現象(アウェイクニング)などの副作用が報告されている。ともあれ、従来型と新しい抗精神病薬の最大の違いは前述したように陰性症状への影響であろう。陽性症状は脳内のドーパミンの代謝異常によって引き起こされると考えられている。一方、陰性症状は神経細胞脱落をはじめとする神経細胞障害と深い関係があるとする説が有力である。こうした異常は無論第一義的には疾病によってもたらされるのではあるが、従来型の抗精神病薬が脳の神経細胞の障害を引き起こし、二次性陰性症状を惹起している可能性も指摘されている。この点について明確にするために我々は培養神経細胞を用いて実験を行った。培養神経細胞に従来型抗精神病薬の代表としてハロペリドール、新しい型抗精神病薬の代表としてリスペリドン、ペロスピロンを処置するとハロペリドールを処置したラット大脳皮質神経細胞由来の培養神経細胞は濃度・時間依存的に神経細胞障害が認められた。リスペリドン、ペロスピロンには明らかな神経細胞障害が認められなかった。従来型の抗精神病薬は統合失調症の幻覚妄想などの陽性症状には有効である。しかし、このハロペリドールが示した神経細胞毒性は前述した従来型の抗精神病薬が脳の神経細胞障害を引き起こし、二次性陰性症状を惹起しているという仮説を支持している。新しい抗精神病薬は直接陰性症状の改善に寄与しているか、神経細胞障害を引き起こさないことで、二次性陰性症状の出現を抑制し間接的に寄与しているかは不明ではある。しかし、新しい抗精神病薬は陰性症状の改善を通してSST、作業療法への導入を容易にし回復へより本質的な貢献をしている。一方、新しい抗精神病薬にも欠点がない訳ではない。その最大のものはめざめ現象と呼ばれるものである。新しい抗精神病薬の服用によって行動の活発化、周囲の状況の再把握、病識の改善がおこる。つまり、劇的な認知機能の改善により現実世界へ再参入し、疾病から生じていた様々な損失や現実世界と自己との関係に改めて「目覚める」ことになり、患者自身に混乱をもたらし、アイデンティティの喪失や自己評価の低下をもたらす。自殺などの問題行動が見られる事がある。急激な陽性症状、陰性症状の改善後とりわけ従来型抗精神病薬からの切り替え後に起こりやすいとされている。新しい抗精神病薬では認知、意欲、感情が従来の抗精神病薬より著明な改善をみとめる。しかし、薬物療法だけでは真の回復のための現実検討能力、生活技術の回復は望めない。これは生活上の訓練によってこそ成果が期待出来るものである。クスリはせいぜい発病前の状態に近づけてくれるだけである。その時点から現在にいたるまでの時間の中で、本来は生活と共に獲得されたはずのものまでクスリが回復してくれるものではない。したがって、新しい抗精神病薬の使用は充分なリハビリテーションシステムがない中では、めざめ等の現象により回復のエネルギーが逆に自殺などの問題行動に結びついてしまう危険性もある。すなわち、新しい抗精神病薬の登場は、患者の生活の質、つまりは治療のあり方そのもの問題を我々に突きつけているともいえる。
6.病因の追求と今後
最近、精神疾患について脳の神経回路網(ニューロネットワーク)の変化が示唆されており、統合失調症においても神経画像的な変化が報告されている。これらには遺伝、環境の双方が関連していることが解ってきた。さらに今まではないとされていた神経新生が高齢者の脳でも生じていることが報告されている。これらのことは統合失調症の病因の解明やそれに続く治療法の解明に貢献することが期待される。
統合失調症に対する現在までに医療の問題性と新しい試みについて述べた。私には精神分裂病から統合失調症へ病名が変更されるということは、病名が一歩先んじているということに思えるのである。即ち、「統合失調症」に病名が変わったのを機に治療・回復や病因の追及を新たに開始することが求められている気がする。だからこそ、いま病因の解明と治療・回復法の更なる発展のために、あらゆる技術や知識を統合して立ち向かうために、職種や専門性を越えた連帯が求められていると思う。