U.特集 第7回SST学術集会札幌大会
U-3. 会 長 講 演 「SSTを普及させる土壌づくり」
SST普及協会会長 西園 昌久
実行委員のみなさん、ご準備本当にありがとうございます。私、上野武治会長から「SSTを普及させる土壌づくり」というSSTらしい宿題を頂いたのでそれをひとつここで考えてみたいと思います。今日、お話し致しますのは1つは、WHOからの勧告です。2つ目は精神障害者の自立というものをどう考えるか、そのためにSSTを普及させる土壌づくりには運動の側面と同時に理論、技法の発達、その2つが必要であろうという話をするつもりです。
今年の三月に日本社会精神医学会がございましたが、その中でWHOの部長さんが日本への提言を致しました。考えようによっては当然のことですけれど、現体制からすれば非常にショッキングな内容を含んでいるのです。日本は精神科病院を少なくし、収容型の精神科病床を削減させて,地域処遇の受け皿づくりをすすめ、病院から地域へシフトさせることが緊急課題であると言っているのです。2つ目は、パートナーシップ、このプロセスを進めるために当事者家族が精神障害者の権利擁護活動等に参画して精神科医療の情報などを一般市民に公開すること、特に精神科医療の専門家である精神科医がコミュニティに常に関心を持ってパートナーシップを深めてこれを推進すること。三つ目は、リサーチの重要性ということで、生物学的研究中心から社会精神学的研究と実践に方向性を変えていかねばならないとまで言い切っているのです。行動科学研究、公衆衛生面での疫学的調査研究が必要であること、サービスの評価に対する研究そしてコスト効果に関する研究が最も重要であると。4つ目は、コラボレーション、協力の強化です。WHO等の国際機関と協力して国際的な視野に立って、日本の精神保健、医療、福祉施策を考えていくことが重要で、アジア全国、特に西太平洋地区の精神保健への協力を進めていってほしいと言っているのです。この勧告をどう受けるかは私どもの自由ですが、ところがここ一ヶ月ほど前だったでしょうか、厚生労働省が今の日本の入院患者、34万名のうち7万名を5年以内に減らすと言う考えを持っているように伝わりました。WHOの勧告にすぐに応じてのことかどうかはわかりませんが、これにはいろんな政治的な問題が多くて、日本精神科病院協会ではさっそく対応を考えて、11月6日に急遽この厚生労働省の案に対する対策の全国大会が開かれたと聞いてます。私はちょうどそのとき北京に、日中医学会で行ってたもので結末は聞いておりません。けれども、今、何か大きな問題が起きているということです。厚生労働省は7万床減らそうとしてるが、ただ減らすといっただけでは意味がないのであって、これは日本の行政がこれまでやってきた、あまり準備なしに様々な事柄をやって、その結果がいろんな意味で歪みを起こしてきてるのです。日本の精神科の病院をたくさん作ったときにも内容、人的資源、技術的な準備なしに作ったために今日の様々な悲劇があるので、病床を減らすときにはこの7万の人たちが社会に出て行く、社会で生活できる、あるいはもっともっと多く障害者たちが社会参加、社会復帰できるためにはその準備とかが当然必要であって、厚生労働省がただ数だけをいじるというだけでは成功しないだろうと思うのです。
ここで、日本の精神科医療のことを少し考えてみたいと思います。神戸大学にいる新福尚隆先生たちが東アジアの諸国の人たちと共同研究をしてアジア諸国でどのように薬が使われているかを調べられたのです。すると他の国は新しい型の薬に変わってきているのに、日本だけが依然として主に従来型の薬を使っている。しかもこの従来型の薬というのは幻覚、妄想等には効くけれども鎮静作用優位であって、しかも5%から25%の方たちには効果がないので、どんどん効果を上げようとして薬をたくさん使う。その結果、その分副作用が強く出てくる。つまり、日本では高用量、また、いくつもの薬を併用するというところが他の国と違うことが明らかになったのです。新しい薬は今までの薬と違って陽性症状、陰性症状、並びに認知障害に効果を上げるということですすめられているのですが、日本の場合は依然、従来型の薬を多く使っているというわけです。
今日は精神科の関係者だけでなくて、その他のところからおいでの方もおられると思いますが、ここではまず精神科のことを話させて頂きます。我々が精神科医療で患者さんを治すときに今までは薬ばっかりで治療してきたのですが、これだけでは患者さんが社会復帰しがたいといったことが次第にわかってきたのです。先ほど東アジアの諸国で新しい型の薬をそれほど多く使わずに社会復帰しているというのは、発達途上国では治りやすいという病状の点、あるいは生活のスタイル、産業、病院から退院しても何か仕事があるという職業の点などで治りやすいのですが、日本のように工業国、或いは脱工業国になると興奮や精神病症状が少し取れてきただけでは社会適応しにくい、そこのところに慢性化が起きてくるのです。これをどう治していくかが大事です。患者さんたちはよく福祉の人たちに医療の人たちに言わなかった自分の心の辛さというのを話してくれることがありますが、これを医療の我々は気付いて、心の痛みっていうのを癒す事も必要なのです。WHOの勧告は、病院に偏重しているわが国の精神科医療を考え直してみて下さいと言っているのだと思うのです。
次に、障害者の皆さんが自立するというのはどういう事だろうということを考えてみたいと思います。やはり、社会に出て行く、そしてそれなりに生活すること。それには障害者の皆さんが自分の考えを持ち、適切な対人交渉の能力を身につけ、相手の気持ちを理解し、自分について正しく判断できること。不安やストレスを処理する能力を高め、問題解決の能力を身につけることが大事です。これらはまさにSSTに期待されるところで、社会参加にはこのような技能が必要で、これは医療に科された責任であるといったことを知って頂く必要があるのです。そのために私どもは患者さんに“養生する心”というのを啓発していかなければならない。それには自分の病気の性質(過労とか心労が病気や再発の誘因であるとか、薬の効用、自己管理の方法、再発する場合に一ヶ月前にその前兆があるといったこと)を知ること、さらに何でも相談できる人(家族、友人など)を持つということだと思うのです。私がSSTの中で取り上げて欲しいと思いますことは,障害者の皆さんの,健康観の改善と確立とということです。一つは規則的な生活を是非SSTのテーマに取り上げて欲しい。睡眠、食事です。可能な限り個食を避けるように。最近、デイケアに統合失調症の方ばかりでなくボーダーラインの人たち、或いは摂食障害の人たちが来たりしてますが、このような患者さんをみると家の中で一人で食事をしていて、ライフスタイルが家族と全くちぐはぐなのです。これを改善する方法を考えることが、私はコミュニケーションをつける上でも大事になると思うのです。二つ目は体を動かすこと、体力を取り戻せるっということです。しかも自然との触れ合い、今日は北大のキャンパスを歩いていて本当にこれは身も心も爽快になります。そういうような自然との触れ合い、これもSSTの中でも取り上げて欲しいと思います。三つ目は小さな目標から設けて取り組むこともSSTに取り上げて欲しい。小さな目標を自分でもって成功させるといったことから自分感覚というものが再発見される。四つ目は対話とか思いやり、役割、こういうような愛ある感覚です。家族への接近については、アメリカ精神医学会が10年近く前に精神科領域で働く人に、「家族を敵視してはならない」「家族の苦労を思いやること」「家族を正常な人として敬意を持ってあたる」「責任探しをしない」「話の内容ばかりではなくて感情、話の中に出てくる感情的な色調を聞こう」「共感的な理解をしよう」それから「患者さんの病気を管理することに一緒に協力してもらおう」という視点を持とうと勧めています。わが国も段々とその方向に来てると思います。我々はSSTならびに心理教育といったことを家族に加わってもらってやっていますが、この家族への接近というのは大変大事で、SSTに対して関心を持ってもらう、場合によっては家族にもSSTの体験をしてもらう。こういうことが大変意味のあることだと思います。
今度は、SSTの土壌づくりという本論に入りますが、普及運動する上での土壌づくりで大事なのは、現場にチーム医療をどのように作り出すかということだと思います。それは包括医療、薬だけではなくて心理社会的な治療との有効性を知ってもらうことです。私どもは精神科の先生と一緒にコメディカルの人たちが共同して包括医療を作り出そうではないかという研究会「PPST」を全国に立ち上げています。最初のPというのは薬のことで後のPSTというのは心理社会的という意味です。北海道でも今年の一月に開催致しました。こういうようなことはチーム医療なんです。そのチーム医療をしっかりするのには、リーダーづくりが必要になります。リーダーにもタイプがありまして、私の考えでは3つぐらいのタイプがあります。一つは独断タイプといいますか、自分の考えを押し通して部下を従わせるタイプ。二つ目は放任タイプで、みんなよろしくやってくれと決断力がないリーダー。三つ目は民主的なリーダーでみんなの意見を聞きながら、しかし自分としての考えは持っているというリーダー。この3つのタイプがあるように思いますが、このリーダーの役割というのはやはり考えなければいけない。SSTを行う場合に1人、2人がただ上手になるというだけでは具合が悪いわけで、みんなで目標をつなげて当面のやるべきこと、困難な部分といったものをきちんと判断してそれをみんなと一緒に解決するそういうリーダーの役割があるのではと思います。抄録にも書きましたように、最近は病院の評価が行われていて、病院を尋ねていくと病院のあちこちに「この病院は優秀な病院だ」と張り紙がしてあります。そのこと自体は非常に結構なことですが、本当に内部から見て優秀なんだろうかと思うのです。外から見た優秀さと、中身の受け皿、内部の評価を考えますと「どうだろう?」という気がすることがあるのです。あの評価の中に、「チーム医療というのが末端まで行われているか?」という項目があるのかどうかよく存じませんが、このチーム医療というのは今後の精神科医療のみならず大変大事なことと思うのです。これは,病棟ばかりでなくデイケア、或いは福祉、いろんな段階でこのチームというものを考えていく。また、医療だけではなく医療を越えていろんな行政との関係、そういうものをつないでいく上でも大事なわけです。そうしたとき我々スタッフがSSTを学ぶ、あるいはSSTを体験する、そういことでコミュニケーションがちゃんとできる、そういことが必要であろうと思うのです。このSST普及協会が皆さんのコミュニケーション能力を高める、そういうものに我々は責任を持たなければならないだろうと思います。それは、心理教育との協調にもあてはまります。心理教育をやっている人たちのことを申しますと、心理教育のプロセスの中で、家族や当事者が自分が心を病んでいるということ、或いは行動が障害されているということに本当に深い悲しみを抱いていたり、或いはその悲しみを否認していることがあります。そのような自分の生きがいの喪失とそういうものに心理教育をやっている人たちは出くわすことがあるわけです。SSTをやっている我々は、心理教育の皆さんと協力し合って新しい方向を編み出していく必要があるだろうと、これはSST普及協会の活動としてますます期待されるだろうと思うのです。また、SSTの医療報酬の問題も外来、或いはデイケアでSSTもきちんと発展させるために、普及の土壌づくりとして考えることも必要であろうと思います。抄録にも書いていますが、このSST普及という素晴らしい方向がある場所だけに限られて全国に行き渡らないといったことがあっては好ましくないと思うのです。大事なのは、今当然受けるべき治療、訓練を障害者のみなさんが要求して良いはずなのです。それを私どもが供給できないといったことはあってはならないと、そのために全国にこのSSTというのは広がる必要があるだろうと思います。でも,地域によって非常に発展しているところと必ずしもそうでもないところがまだあるようです。北海道のレベルは非常に高いし、それから東北は丹羽教授を中心とした活動が高まっています。東京首都圏ではたくさんの活動家の皆さんがやって下さっています。でも、そうでもない地域があるのをなんとかしなければならない。これが私どもの責任だろうと思います。もう一つは,ただ運動だけではだめで、大事なのはSSTの理論と技法の発達で、こういう土壌づくりというのがあると思うのです。今日は7回目の学術集会ですが、初めの頃は「SSTは効果がある」といった発表が相次ぎました。それを精神神経学会などのシンポジュウムで発表なさった時に、「SSTをやってるそのグループにおいては、やってる限りにおいては効果はあるが、やめてしまった後の持続性はどうなんだ」「SSTで体験した事柄は効果はあるけれども、それはその人の生活全体に広がっていくのか」など般化の問題がそのときに問われたのです。その後,この「持続性」と「般化」については、治療チームの中でSSTのスタッフのSSTについての感受性などが高まることによって、この効果はセッションの中だけに限られす、般化もするし、持続もするといったことが分かりつつあるのですが、これについての研究がもっと必要であろうと思われます。次には、認知機能の改善とはいったい何なのかといったことが大事になります。抄録にも書きましたけど、外国ではじまったすばらしい考えや技術も入ってきてやっているうちに、だんだんだんだん日本化してしまう。それはもう昔からいろんな文化が入ってきたのですが、そのいずれもがやがて日本流になってしまう。そして何が何やらわからないといった状況になる可能性があるのです。したがって歯磨き指導もSSTということで保険点数を請求するといったような忌々しい批判も起きてくることがこれまでもあったのです。今日ではSSTの普及が全国に行き渡って歯磨き指導をSSTとは皆さん考えなくなったのでそういうことはなくなったと思いますが、ここで我々は認知機能の改善とは一体なんなのかを押さえておく必要があります。一つは注意の集中力、長い間病気をしているとdisability
が強くなり、生活のしづらさが強くなってくると注意力が集中しなくなり、そして記憶力も低下してしまう。これは陰性症状と相まってその人の生活の好奇心、興味が非常に限られてくるのです。これを改善するのにSSTが大変役立つということは学問的にも実証されているわけです。ここにきておられる皿田先生が、SSTをやってみて、やらない群と比較して知能検査の上ではるかに改善が見られたことを明らかにして下さったんですが、そういう認知機能の改善があるから、こういうような注意の集中力が高まれば、自然、そこで問題解決もできると思えるのです。二番目には体の感覚を通して人の話を聞き理解する、自分の考えを伝える。ただ話をするっというのでなく、体の感覚というのは大変大事です。SSTの中で視線を合わせて、そして身を乗り出して話をし、いい話だったらみんなが拍手をしてくれる。ほめられて嬉しい感じがする。そういう体の感覚、これを通して人と会話をする。自分の考えを伝える。これもまた、注意集中力の改善とつながってくる。それからSSTのセッションの中に非常に安心感を皆さん持っていると思うのです。包み込まれた雰囲気での自分感覚、こういうことは、実はSSTのセッション外でスタッフの皆さんが患者さんと向き合ったとき、廊下ですれ違ったとき、患者さんときちんとあいさつする。そして、患者さんに微笑みを持って患者さんに向かい合う。こういう事が大事です。入院している患者さん達に聞くと、ある病院では先生にしろ、看護婦さんにしろ廊下で会ったときにちゃんとスマイリングで応じてくれる。あるいは、一言、二言、話しかけてくれる。こちらから何か言おうとしたら立ち止まって向き合って話を聞いてくれる。そういう雰囲気がある病院と、朝、先生がやってくるけど全然知らん顔というか、こちらは先生の顔を見て挨拶しようとするけど挨拶にちっとも応じてくれない病院もある。そのことで患者さん自身は非常に救われたり、或いは傷ついたりするのです。SSTの中で非常に大事なことは、視線を合わせてきちんと挨拶をするということを覚えることです。私はこれは非常に大事なことと思うのです。
ここから,ちょっと脱線いたします。私は今から3年半ほど前まで大学におりましたが、教授室にいる時間より病棟にいる時間のほうが多かったのです。本当に患者さんがどんな生活をしているのか、毎週一回は患者さんと昼飯を一緒にしたりして、患者さんの箸の上げ下ろし、それからすぐ立っていかないようにして良い雰囲気を作る、そのようなことをしてたものですから、3年半ほど前に大学やめた後も患者さんが私に手紙をくれるようになったのです。今でも統合失調症の患者さんと文通していますが、その中に、一週間に一度必ずハガキをくれる患者さんがいます。今はもう大学病院から退院して地元の病院にもどって外来に行っているそうですけども、治りがまだ十分には良くない。ただ外来には行っているけど、先生は時々生活上の相談には乗ってくれるがお薬を出す程度で、家には戻っているけどそれ以上の社会力はできにくい状態のようです。私は今の若い先生の治療の邪魔にならないように,医療の中身にまで立ち入らないようにして文通しているのです。今年の10月の手紙に「Dear
Doctor 西園」と書いてありまして、「突然で申し訳ありませんが先生のお陰で大学の卒業証書が手に入れられませんでしたので」、これは大学時代に発病したのですね。それで私のところにきて入院していたのですが、私のせいで卒業証書がもらえなかったと。「それに対応できるくらいの入院研修修了証を出してください。もしできれば学位も欲しいのですが」。こういうような手紙が来ます。この手紙でわかるようにこの方の論理性は非常に障害されてて、時々非常に被害的になって「西園、殺すぞ」とか「西園、死ね!」とかいった内容のハガキが来たりすることもあるわけですけど、今言った手紙は、この人は、本当に家族と孤立していると思って、先ほど患者さんの自立の時に申したような考えの基に「どうだろう、朝起きたとき、お父さん、お母さんときちんと丁寧に挨拶してみたら。あなたが挨拶したら、あなたの心の窓が開いたことになって、お父さんお母さんが返事してくれたら、お父さんお母さんがあなたの心の中に入ってくるよ。あなたが挨拶しそたら、お父さんお母さんも心の窓を開いてくれるかもしれない」と書きましたところ、今度は今ここに持っている封書で返事が来ました。時間がありませんので途中省略しながら要点だけ申しますが、「たぶん父は私と距離を置いていたがるのかもしれないと思うことなんですが、私が朝の挨拶も小さい時からしてますが、子どもの頃から今になるまで時はかかりましたが、父にはもうしなくてはいいのではないかという時の運びになりつつあります。挨拶をきちんとしてくれたのは病院に入院する前でしたでしょうか。最近は黙っていたり、『はい』と一言返事するのを受けるだけです」。このことを書いて自分のお母さんの方がいいと書いてあるのですが、一転して“but”と書いて、「こんなに書きましたが言っても無駄で、何かあっても待たせるのは、本当は母です。父は優しい方だと思ってみています。新聞を、朝食を食べるとき父は私をみているなぁと新聞越しの父に思います。私の『いただきます』には必ず満足できる父の『はーい』が返ってきます。食べられるのも父のお陰だと、その度毎に痛感しています。でも、朝の挨拶の『おはようございます』にはあまりいい返事が期待できないので嫌です」。このような非常に古い統合失調症の人でも、「あいさつというのをやってみようよ」といった行動に意味をつけて話してあげると、患者さんが心のどこかで、以前から親との関係の中で感じていた喜び、悲しみ、怒り、そういうようなものをそこで感じてもう一度自分のものにしようとしはじめるのです。そういうことでSSTの理論が応用できるわけです。認知障害の改善、安心しておれる居場所の発見、時間感覚を取り戻す、そして当面する課題について解決方法を見いだす、こうしたことが改善してはじめて集団の中に参加できていく。このような理論と技法の発達でSSTがさらに役に立つようなっていく、これがまた土壌づくりの上に必要ではないかと思います。 ご静聴ありがとうございました。
