V.SSTワークショップ in 山口
特 別 講 演 Part2
援助・支援のためのこころと技術
−行動療法からの見方・考え方・解き方−
久留米大学文学部教授 山上 敏子
(前号からの続きです。)
次に行動形成に関する基礎的な技術のいくつかについて述べてみたいと思います。まず、変容するときに留意する技術から述べようと思います。
一つは現在の力、患者さんが持っていること、このように考えている、これができている、このようになさっているということを大切にすることです。すなわち、援助や治療を行うとき、まず出発になるのは現在で、だから患者さんや家族の現在の力を大切にすることです。「これが問題だ」という現在も「こういうふうに困っている、できない、問題である」と言う代りに、「このようにしている、考えている、これができている」ととります。例えば、SSTで「人と付き合う」ということが目標であったとして、「人の中におれない」ことが現在の問題になっているとします。
ここではまず人の中におれないということをその人の現在の力として大切にとります。それは人の中よりも一人の方が落ち着くことがどこかでわかっているわけですから、一人だと落ち着くということがわかっていると混乱しないで人の中にいることができるためのとても大切な頼りになる現在の力であるわけです。人に巻き込まれないような、例えば、落ち着かなくなったらその場を去るとか、ごく常識的な社会行動がとれるための大切な一歩であるわけです。
そして人の中に入ったらいやだという混乱をできるだけ自覚できるように、すなわち、人の中に入らないということをできるだけ自覚できるようにしっかりとそれを援助することがその後の行動変容を行うときに最も必要なことです。そして、しっかり援助したその自覚をもとにして、もし人の中に入っても、混乱しそうになったり、いやになったりすると、すぐ去れるように、そして去れるようになれば目立たない去り方ができるようにこの人を援助するという一つの方向が出でくるわけです。
興奮でも混乱でも、そこにある、少しでも自覚されているところに焦点を当てて、それを守ることで生活を安定させることが必要です。例えば、外観は元気そうで、友達との会話はよくできている、また日常生活も例えば入浴なども一応できていて、一見したところスムーズに見えている患者さんがいたとします。しかし患者さん自身がお風呂入っても気持ちいいと感じなかったりしていて、それを自分はだめなのだと苦痛に感じて戸惑ったままになっていることがよくあります。一見元気そうであるために、周りからも元気だと見られて、周りからの働きかけがあって、そして、それが働きかけに動かされて、わからないままにさらに戸惑っている患者さんというのはそんなに少なくないと思います。そういう患者さんに私は、これは一つの例ですけど、実感がないなどの感じないという自覚をはっきりと取り上げます。そして、感じないことを病的な症状として客観的に自覚できるようにします。これは20歳ぐらいの女性の患者さんですけれども、彼女に自分だと仮定した○を書かせて、そして感じない部分を黒く塗りつぶしてもらうことで「感情が動かない」というところを自覚しやすくして、<感じないと感じている健康な自覚>を支持していきます。それを私との共通の関わり合いにして、その健康な自覚をよりどころに、周りに巻き込まれないように、「まだまだお休みの時間だよね」と言いながら、注意深く生活できるよう援助していくことがあります。
患者さんたちの現在というのは、症状があるとか、混乱しているとか、生活ができないとかいう障害のところだけが表に見えていて、リハビリテーションに向けての健康なところがなかなか見えにくいところがあります。実際に、そのような健康な動きは非常にささやかであります。持続も短かったり力も弱かったりします。そのような健康であるがやさしい、しかし、ささやかな小さな活動に注意して大切に支持すること、これが基本的に必要なことだと思います。
そのようにして、現在を取り上げて、そこを頼りにして少し生活しやすいような変化に向けて援助するわけです。そのときの基本の考え方は患者さんに変化を求めるというよりも変化しやすいような環境を準備して、その時に目的とした活動が自発するようにすること、すなわち、変化させるというよりも自然に起こってくるのを待つという自然を準備することです。そして、自発された活動をしっかりと強化する。行動療法の技術では、その準備した環境を、目的としている活動の手掛り刺激、あるいはきっかけ刺激と、またそういう状況をプロンプトと技術名で呼んでおります。手掛り刺激は例えば、その場所にすぐに患者さんに座ってもらいたければ、患者さん用のクッションをそこに置くと座りやすくなるということです。目的に向けて変化を起こさせるときには患者さんに何かをしてもらう、させるということではなく、自然にそうできるようにいろいろ準備をすること、これが援助だと思います。それが変化のために第一に必要なことであります。手掛り刺激は物に示すことでも、手を添えることでも、図示することでも、言葉を掛けることでも何でもあり得るわけですけれども、要はその患者さんにとっての手掛り刺激が必要であります。それはやはり患者さんをよく理解すること、よく知っていること、患者さんの側にいる見方が前提になるわけです。
似たことですが、患者さんが混乱しないように環境を整えることもリハビリテーションの技術としては欠かすことができません。このことは、精神病の患者さんに限ったことではなくて、発達障害の子どもたちも、重症神経症の患者さんたちにも、私たち自身にも必要だと思うのです。特に精神障害の患者さんは環境をまとまって整ったものと捉えにくいところがあります。いわゆる認知障害によることなのですけれども、患者さんは混乱しやすくて、そのために学習が難しいことがあります。こんなとき、環境をできるだけ整った、混乱がない、わかりやすい形にすることが大切です。例えば、少し混乱がある患者さんのSSTをするときに少人数でするということも、この考えにのっとっていると思うのです。混乱がかなりある人には、活動の参加する人数がせいぜい3人、いつも決まった人、いつも同じ場所で同じ活動、あるいはそこで使う言葉は明瞭ではっきりとした言葉、活動の内容も順番、1、2、3というように示す。そうすると混乱が多い人でも活動ができます。これ(スライド)は発達障害の子どもにおトイレの後に時間系列を教える方法です。おトイレの後に、おトイレのふたを閉めて、洗って、手を拭いて、ドアを閉めて、電気を消す。「おトイレの後はちゃんとおててを拭きなさい」ということでは混乱する子どもも、こういうふうに見せるとできるようになります。これ(スライド)もよく使う構造化の一つの例です。発達障害の子どもに「何々君のお仕事、お洗濯して、玄関掃除して、お遊びして、お洗濯取り込んで、お洗濯たたんで、はいテレビです」と一日のスケジュールを作って、それぞれに図示してあげると一日の生活が構造化されて混乱が少なくなります。これは大枠ですけれど、これがまた一つずつ小枠になったりしていくわけです。
次に強化という技術、あるいは概念について述べます。先ほど西園先生が『ほめることの難しさ』と述べましたけれど、本当にほめることは難しいです。ほめられたかどうかは結果としてわかると考えたらむしろいいかも知れません。その生活技術、社会技術を援助するとき、強化という概念・技術は不可欠です。人が学習していくときに強化というのは重要な概念であり、方法であります。何かをした後、心地よい変化が生じれば活動の発現頻度が高くなる、これが一番基本的な考え方であります。すなわち何かをした後に全然変化が起こらなければ何かをする頻度に変化をもたらしません。反対に何かした後に心地悪い変化が起こるとかえってその前にすることの頻度は低くなります。こういうふうに何かした後の変化を強化子と行動療法では言っています。何か行えた後に自分で「ああできたんだあ」と気付いてほっとすること、これを自己効力感と言ったりします。それも非常によい強化子になりますし、周りの人から注目されたりほめられたり、そういうこともよい強化子になります。また、それを行う前にこういうことがこうできてこうなるんだという、予測することも行いやすくしますし、これらも強化子になります。また、何かを行うとき、それを行った後にもっとしたいことを次に順番で置いておけば、その前の活動が起こりやすくなる、ということもあります。患者さんの治療とか援助には欠かせない対人関係上の基礎的な技術になるわけです。自分の行えたことに気付けるようにすること、またできたことに注意を促すこと、一緒に喜ぶこと、このようなことは患者さんの生活援助には欠かすことができないことです。そして、先ほどの西園先生の話しにもありましたように、「よかったわねえ」ということが強化子になるような患者さんの理解、患者さんとの関係を持っていること、「よかったねえ」という言葉をどこでどういうふうなトーンで言うのか、そういうことすべてがあってはじめて、それは強化子になるわけです。「ほめる」こと、その人にとって「ああ、見守ってくれてた」とか、「ああ、ほっとした」とか、そういう気持ちを出すようなそういう外界の形が必要であります。治療を行ううえにどれだけ理解して、どれだけの関係をもっているのかということは原則的なことであります。したがって、患者さんに生活援助を行うとき随所にそのような勇気付けることや安心できることや楽しいことを準備して、そして援助することが必要であります。
それから、患者さんがわずかにでも持っている精神活動を手掛りにして、生活技術を形作っていくとき、その段階ごとに目標としている事柄についてモデルをして見せて、行わせてみて、フィードバックしてという、この繰り返しがあります。モデリングといいこれは学習の基本形の一つです。観察したり、話を聞いたり、本を読んだり、いろいろな学習をモデリングといいます。この技術は精神障害の援助だけではなく、不安障害の治療にも重症神経症の治療にも他の障害の治療や援助にも非常によく用いる技術です。学習の基本形の一つですけれども、患者さんは先ほど述べたように、症状のために、モデルが漠然としていると非常に分かり難くて、反って混乱をもたらすことがあります。したがって、患者さんが学習しやすいように、何度も繰り返し、具体的に、見える形で明確に示して、その結果も示して援助をするのです。モデリングの効果というのはモデルへの親近感です。モデルをどれだけ信用しているか、好いているかとか、そういう感情に左右されて、そして、親近感があるほど、よいと思うほど、モデルの効果が高いということが分かっています。援助者との間に落ち着いた信頼できるよい関係が必要であるというのは当たり前のことで、これが必要であります。それからモデリングはどこででも起こるので、日常的にスタッフの話し方とか振舞い方がモデルになりうるのだということに気をつけて、援助者自身の対人関係技術を注意する必要があるのではないかと思います。
今述べてきたようにその援助目標の課題分析を行って、現在あるところをしっかりと評価して、ゆっくりと一つずつ目標に近づけていきます。そして、目標の一部分を一つずつ積み重ねて目標に近づけていく、そういう学習の進め方をするわけです。生活・社会技術の学習もそうですけれど、問題行動の対処も同じことが言えます。こういう過程をシェイピングと言っています。治療とか援助はシェイピングの過程であろうと思います。
このようにして、援助しているわけですけれども、そのとき用いたプロンプターとか、強化子とか、私がさっきテクニカル・タームと言いましたけれども、そういう学習が出来上がったら、徐々に少なくしていって普通の環境に戻すということをフェイディングと言います。リハビリテーションの場合はむしろフェイディングではなくていかにして学習環境を維持させるのかという工夫や配慮が実際的には必要なことであろうと思います。そして、その環境の一つである私たち援助者がいかにして環境を支え続けるのかというところが非常に大切なことであると思います。
行動療法の中でリハビリテーションに役に立つと思われる技術の一部をかいつまんで述べました。私たち援助者もご家族もこの刺激反応の一部であります。みんなお互いに関係し合っているわけです。今日述べる時間がありませんでしたが、そういう観点からご家族へも同じように考え援助できると思います。またここで述べたような技術というのは私たち援助者の援助行動の学習にも、それからさらに私たち自身の生活を少しでも豊かにするに欠かすことができない見方とか技術であろうと私は思っております。私の話しはここで終わりますけれども、SSTを行っていらっしゃる皆さん方のリフレッシュに少しでもなればとってもうれしい。 どうも、ご清聴ありがとうございました。
質疑応答
Q:とてもいい勉強させていただいて、とてもうれしいです、ありがとうございました。一つだけ、先生のお考えを聞きたかったと思うのはモデリングのことですが、SSTの今言われている基本訓練モデルというとモデルがメンバーの誰かがこういう方法があるというふうに提案したものをその人がやってくれることができればその人が頼むというのが割りと一般的になっていますけれど、でもモデルはなるべく分かりやすく、簡潔に、結果もよい結果までということになると、やっぱりリーダーというか治療者が示すというのが治療的には一番いいんじゃないかと思って、最近私たちはそのように努力中なんですが、そこらへんを先生はどういうふうにお考えでしょうか。
山上先生:患者さんの状態によって考えてよろしいことではないでしょうか。ものすごく混乱してる人にはやはりきちんとしたことをはっきり示さなきゃいけないんで、そういうときにははっきり示せる人がいいと思いますね。それからもうひとつ、モデリング、自分の好きな人のモデルはしやすい、素敵だなと思う人のモデルはしやすいというふうに言いましたけれども、親近感みたいなのでモデル効果が高くなるわけですね。そうすると、治療者というよりも援助者というよりも同じ同僚、患者さん同士ということが効果があることもとっても多いんじゃないでしょうか。だから、その状況によって考えてよろしいと思いますけれども。
